2012年12月28日金曜日

家内安全と交通安全

寒川さんに家内安全と交通安全をお願いしに行きました。
またさらに霊障その他が楽になりました。
ありがとうございます。


家内安全と交通安全だと、片方で交通で外で、片方で家の中、
結果的に常に守られる感じになるのですね。
ありがたいです。

すごい威力で、辛かった家の中が2,3割ぐらい!楽になりました。

前に深川さんに行ったときにとお願いした家内安全と交通安全と合わせて
少なくとも半分以上は楽になったように思いました。

こんなに楽になるなら、もっと早く行けばよかったです。


新年など、皆様も機会が合うときにお金を出して正式参拝したほうがいいです。
私は参るだけなら何度も何度も何度も行きましたが、(神社の正式参拝は一年ほど前に
病気平癒でやったのが最後でした)家内安全、全然違いました。
とってもおすすめです。



神様ありがとうございます。


 




皆様に光と祝福がありますように。

2012年12月7日金曜日

詩:おくりもの





これまで捧げた花たちが
私にとって濃密な
君にあげる、その行為が
薄むらさき色した花粉の匂いに
部屋中に散っている
そんな花に むせかえって










読んでくださりありがとうございました。

皆様に光と祝福がそそぎますように。


2012年11月22日木曜日

『メモ』という詩

かなり昔に書いた詩小説です。二十歳前後かなあ、と思います。

少しネガティブなところがあるので、
そこは気をつけていただけるとありがたいな、と
思います。

(詩小説、というのは詩というとわかりづらいな、と思って
わかりやすくするために作った造語です。)






『メモ』という詩小説

僕はいつからか、自分の心を持て余すようになっていた。何故なのか、よく自分で考えてみるけれど、中途半端な答えが出たまま義務を怠るかのような後味の悪さとともにそれを放り出してしまう。それは自分の心に刺激を与えることを恐れて、逃げ惑っているような、そんな感じだった。何も考えずに、部屋の中を見渡してみると、僕の頭と心の中は生まれたとき、何の記憶も持たない赤ん坊のように真っ白だ。僕はそれをぼんやり眺めながら、自分の中に巣くっているしこりの存在を感じている。やがて僕はその無の時間に奇妙な焦りを感じて、耐えられなくなって何か気を晴らしてくれるような義務を見つけ出そうとする。それは時により、勉強だったり、音楽だったり、絵画だったりした。でもしこりは疼き続けて、僕にその手を止めるように再三忠告してくる。僕はとうとう「うるさい」と叫んでしまうけれどその途端、僕は忠告に従っている自分に気づいてしまう。
前に純粋になりたいと思い、これ以上苦悩を感じなくてすむようにと思って、(僕はまだ幼くて罪の報復を感じていたので、この二つは同じ線上のものだった。)思考自体を止めてしまおうと思い付き、僕はそれにある程度まで成功することができた。すると言葉は僕の中からみるみる消え去っていって外界に壁を作り、僕の感覚まで達するのは鈍い衝撃と単純な出来事だけになった。視界はしばらくの間、全てを習慣へと転換するあの感覚媒体を通らずに僕の意識に直結した。するとこれまで隠されていた物体のありのままの姿が見えて僕は感動して数遍の詩を創って床に這いつくばりそれに接吻した。時が過ぎ去ってそれが理性の産物に徐々に変化していくと(ここで「しかし」と付け加えないのはそれが僕の感覚を刺激するからだ)再びしこりが僕を苛み始める。それに想像の力は言葉と共に僕の中から今にも消え去りそうだった。視界は画面で、僕から理性的な感情に反応する力を取り去った。慣れようとする努力も完全に放棄させるような感情を刺激する不快な出来事に出会うと、僕は目を細めて唇を離さないままただ自分の中に飲み込む。耐えられなくなったときは目を閉じて心の奥底へ戻り、それがゆっくりと消化するのを待つ。急激な、特に過去を針で突き刺すような出来事に出会うと僕は防御が間に合わずに、体が軽く痙攣してひどいときは叫び声を上げるだろう。そして自分に異変を起こす刺激、情報を極端に嫌うようになってしまう。でも僕は、籠もりがちな部屋の中で自分を苛むしこりの無意味さを理解しながら、そしてそれと同居して制しながら、それでもいつかそれから開放されて完全な静寂を手に入れることを、ずっと夢見続けている。






「僕」という一人称に、時間の経過を感じます。
(今なら私は女だし、それを大事にしたいので使うのをためらうかもしれないです。
幼いのではなく、立派な男の方で使っている人は、素敵な人も多いなあ、と思います。)


読んでくださりありがとうございました。







皆様に光と祝福の雨が降り注ぎますように。


2012年9月26日水曜日

食べ物へのこだわりと、感謝 

病気で辛かったとき、
それに食べ物が少しでも関連していると思って
無農薬とか生食を、とてもがんばっていました。

少しでも痛みが増すと思うと、耐えられない感じでした。

今はもうあんまりこだわってないです。

ちょっと霊障もありました。



前に、メッセージをいただいたなかに、
開運場所はコンビニ、とありました。
新商品を試してみるといい、とか。


まだ体調に自信なく、その少し前に
良いものを食べるように同じ人から言われたばかりだったので
びっくりしました。


でも、ちょっと意味が違ったみたいです。
霊障の割合が大きくなってました。

もうだいぶ身体や消化自体は良くなって、
私のなかにあったこだわりや恐怖を、
粉砕してくれようとしているのかな、と感じました。


なんだか、コンビニ弁当とか、怖くて手にすることもできないレベルに
なってしまっていました。


これを食べて、また体調が悪化したり、痛みが2,3倍になったりしたら、
もう立ち直れないかもしれない、と本気で思っていました。


でも、毎日毎日たくさん野菜ジュースを飲んでたときより
今のほうが、その時に比べて健康になったから当たり前かもしれないけれど
心がずっと安定している、と思いました。

どうも、見えない存在の方々(神様とか仏様とか、ご先祖様、天使様とか?)は
食事にあまりにこだわりがありすぎるとむむっとなるみたいです。

確かに無農薬とかのほうがいいかもだし野菜はよく洗ったほうが
いいけれど、違うものを色眼鏡で見るんじゃだめだ、という感じ??みたいです。

それに、我慢して飢えて、心は折れたのに
それでもまだ我慢していると、ストレスがとてもたまります。

そういうのやるなら、断食道場とかに行ってしまったほうが
いいみたい。

何を出されても、感謝して食べながら、
普段の食事には気をつけなさい、ということみたい。


私は、体調が辛すぎて、痛みが強くなるとさっき食べた食べ物のせいかもと
怖くなり、その食材を捨てたりしていました。

買う時は原材料とにらめっこで、
これには一つ、気に入らないものがはいっている・・・。
これを食べたら頭が痛くなるだろうか???とか。
本当は食べたいのですが、もうどうしたらいいかわからない状態でした。


食に気をつけると、見た目的には確かにかなり透き通るような感じになります。
でも心の内と外とは、違うのかなあ、と。

心のなかに感謝があるほうが、
どちらかというと大事みたい。


ついでに、私はもう2,3種類をのぞいて何を食べても大丈夫みたい。
 
でももちろん、野菜や果物、海藻は多いほうがいいし、
野菜も、無農薬じゃないならよく洗ったほうがいいみたいです。


悪いものの、食べすぎはだめだけれど、だからと言って
感謝して食べれなくなったら元も子もない、と。


ほんとうにがんじがらめになっていた私ですが、
そんな当たり前のことにやっと気づくことができました。


そんな段階なので、心の中の余裕と相談しながら、
成長していけたらいいなあと思います。( ´ ▽ ` )

でも、差別しないようにして・・・。
 
カップラーメンを食べた次の日、全然体調が悪くなく、
久しぶりで美味しいなあと満足したせいか
少量ですんで、体調がよさげだったことは、よく思い出してます。

それぐらい、数回のそういうのは
私の身体、処理してくれるのだな、と感慨深かったです。

美味しいなあ、と思いつつ食べたからでしょうか???


もっと娘が大きくなったら、たくさん旅行をして、
その土地のものを美味しく食べたいという密かな?夢を、
上の人たちは見抜いてくれているのかもしれないです。


神様、ありがとうございます。







皆様に健康と祝福がありますように

2012年9月17日月曜日

深川のお不動様

よく読ませていただいているブログの記事に
以下のようなものがあって、とても印象的で、
出先で、思い立ち深川さんに行くことにしました。

http://hello.ap.teacup.com/hughughug/168.html



といっても娘と一緒で、自転車でちょっと遠い江の島に出たところで
思い立ったので、なんだか大変でした。


駅名がうろ覚えで、銀座線だったような気がしたので
そっちまで行ったのですが、結局東西線でした。

でもとにかく、まだ朝早かったから午後の祈祷に
間に合えばいっかあ、という感じで。

東西線の門前仲町という駅でした。


ちょうど11時の祈祷の少し前について、
その家内安全をお願いすることができました。


深川さんはおすすめをされて三回目でした。


祈祷はすごい迫力。
とにかくよく響く舞台の至近距離で、
とっても響きの美しい太鼓音が、大音量で響いていきました。
それにお経の音と、炎が重なります。

初めは驚いたけれど、慣れるととっても気持ちよい感じがします。

子供はやっぱり驚くみたいで、男まさり(というか男の子そのものみたいな)
私の娘も、怖い、と言ってました。


祈祷のあとに、最近できたという祈りの回廊、というところで
真言と一緒に強く肩を木の板のようなものでたたいてもらって、
厄除けをしました。

前回はなかったような気がします。ありがたいです。




それで家に帰ってみると・・・。

楽になってました!!!


その代りドタンバタンと周囲の音が聞こえます。

いつもこっちに押し付けてたはずのエネルギーが戻っていったので、
またなんとかしようとしてる感じでしょうか???

私が持ちこたえられる時間がとても長くなりました。

ありがとうございます。





 深川さんの後にすっきりして、近くの八幡さんに行ったのですが、
そっちは人が多かったせいか、反対にすごく気持ち悪くなってしまいました。

そして地下鉄では、もっともっ気持ち悪くなってしまって、
ちょっとイライラ度がすごかったです。

私の波動が低かったり疲れたりがあるのでしょうが、
早くこういうの、抜け出せるといいです。




今回深川さんに行ったおかげで、仏教が恐かったのが
なおってくれたように思いました。
 
神様も仏様も、ほんとうに霊格の高い存在なのだなあ、と感じました。

ほんとうに、ありがたいです。










皆様に健康と祝福がありますように

2012年9月13日木曜日

鎌倉神社

いろんな神社に行ってきました。

鎌倉の八幡宮まで自転車で行ったのが、一番印象的でした。

日焼け止めをつけなかったら、とても焼けてしまったし、
 娘も一緒だったのでかなり大変だったけど行ったかいがありました。


神社は、 ものすごくほっとする空間でした。


小高いところから見る匂うような緑に癒されました。

ずっといたかったけれど、そういうわけにもいきませんでした。



寒川さんに行くと、なぜか涙が出てくるのですが、
こちらはいやされる感じです。


あとは、平塚八幡宮さんにも行きました。

こちらも立派な神社だなあ、と思いました。


そこですれちがった人で、武道をやってそうな人がいました。
筋肉隆々というわけではなく、色白で中背の。
茶道でやるように、手をきれいにそろえて動かしながら歩いていました。

私も、武道を習いたいのです。

娘を連れて何度も見学に行ったのですが・・・。

まだ三才なので、一時間とか待ってられないみたいです。

道場とか行って見学していると、うっとりしてしまいます。

 無駄のない動きが美しいし、綺麗だな、と思います。



私は茶道をやっていたせいか、武道にも憧れます。

たぶん、過去世も関係あるんだろうな、と思います。
 



今月から、人の助けが必要だそうで
より良い生き方や開運方法を人に聞くのが良いそうです。


 キリスト教で、「求めよ、さらば与えられん」という言葉がありますが、
あれは本当だな、と思います。

だめだだめだ、と追い払われ続けながらも諦めないと、
ついに与えられるときがくるそうです。
 



いつもありがとうございます。







皆様に健康と平穏がありますように

2012年9月7日金曜日

朝日のパワー

前に引っ越したら
朝日を見に行けるといいと書いたのですが、
いろいろあってあまり行けませんでした。

でも昨日行けそうだったので行ってみると、
なんだか嘘みたいにいろいろ変わりました・・・。


音にうるさいと思っていた二階の方が挨拶にきて
くださったり。

起こると、なにも考えられなくなるぐらいひどかった頭痛が、
どりあえず客観的な正気を保てるぐらいにまで
おさまったり。
(今、ひどい表情してるな、とかがわかるように
なりました。)

他に、もしかしてと思う理由があるのですが、
ちょっと確定してないな、と思います。
それがあったから、見に行けたのかもしれないです。


日の出が5時で、5時少し過ぎに散歩にいきました。
少し暗いぐらいに出ても、すぐ明るくなるので
問題ないみたいです。
娘もつれていって、砂浜で少し遊ばせました。

おかげで今はぐっすり眠ってくれています。


朝日で、何かが浄化されるんだろうか、と思います。

明日からも行こうと思ってます。








皆様に健康と平穏がありますように。